紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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 本の紹介

 小山晴子: マツが枯れる  (2004年) 81頁
         マツ枯れを越えて ーカシワとマツをめぐる旅ー  (2008年) 118頁

         秋田文化出版 

 (本の構成)

  マツが枯れる(上巻)


  ・プロローグ
  ・マツとの出会い
  ・海岸防風林
  ・松林の中のカシワ
  ・カシワ林
  ・消えたカシワ
  ・マツが枯れる
  ・海岸線に緑を
  ・付録:これからのマツ枯れ対策(小山重郎)
  ・あとがき

  マツ枯れを越えて(下巻)

   ---カシワとマツをめぐる旅---

  ・プロローグ
  ・カシワ
  ・カシワ模様のバンダナ
  ・石狩湾のカシワ林
  ・男鹿半島のカシワ
  ・秋田のマツ枯れ
  ・マツ枯れをどうする
  ・森は生きている
  ・エピローグ
  ・主な参考文献
  ・あとがき

 (書評)

 著者の小山晴子さんは、大学で生物学を学び、植物に興味を持ちつつ、卒業後、秋田県の中学校に教師として赴任した。教師時代に、生徒を連れて松林で自然観察をしたり、松林を散策して松林の不思議な静けさや魅力にひたる経験をした。その当時、秋田県の海岸沿いのマツの防風林は健在であった。しかし、その後の経済成長期に、松林の中に自動車道路が作られ、また、ニセアカシアが松林にはびこるにつれて、マツ枯れが起こることに注目した。その後、著者はご夫君の仕事の関係で秋田から長らく離れていたが、久しぶりに秋田県に帰ったご夫君からマツの防風林がひどく枯れていることを聞かされ、以前に書き始めていたものを本にまとめることにしたという。

 筆者も、三重県内を走る高速道路「伊勢自動車道」が開通して数年後(1990年代半ば)に走った時に、道路の両側のマツ林が行けども行けども立ち枯れて半ば白骨化し、林立している惨状を目撃した。

 話しを元に戻し、秋田県の海岸のマツの防風林には、冬季に日本海から吹き付ける猛烈な強風によって海岸の砂が耕地や住居に押し寄せるのをくい止め、強風を和らげる役割がある。マツの防風林は、流砂の害に苦しめられていた江戸時代に幾多の苦難の末に造られ、その後、防風林が営々と守られてきたという歴史がある。

 著者は、防風林を切り開いて造られた自動車道路沿いにマツ枯れが進んでいく様子を見て、また、マツ林にニセアカシアがはびこるなどにより生態系が変わっていく状態を見て、「マツ枯れ」の原因は、マツの生育然環境の変化が大きく影響していると直感し、マツ枯れについて考え続けてきた。

 ご夫君の害虫研究者である小山重郎さんは、上巻の付録で「マツ枯れ」は、マツノマダラカミキリが媒介するマツノザイセンチュウの増殖によってマツが衰弱して起こるが、一方、大気汚染や生育環境の悪化がマツの樹勢を弱らせマツノマダラカミキリの発生を助長したとコメントしている。

 ところで、著者は、秋田のマツの防風林造成以前、あるいは、太古の海岸沿いの自然植生に思いを馳せ、松林の中に散在して生育するカシワが防風林の役割を果たしていたのではないかという直感をもとに、北海道や東北地方の海岸地帯に生育するカシワ林を訪ね歩き、そこのカシワの状態を記録し、確信を持つようになる。

 そして、マツの防風林がマツ枯れによって機能しなくなるような事態になった場合の対策についても思いを馳せ、カシワなどの広葉樹とマツとの混交林への移行、カシワを海側への最前線とする樹林の形成などにより、防風林を一層生物多様性に富んだものに造り変えるというロマンと実践についても触れている。

 著者は、若い時代から胸中に抱き続けた問題意識や疑問、すなわち、マツ枯れを契機にカシワの木の生態的位置について、年月をかけて解き明かしている。その息の長さ、持続性はすごいと思う。

 著者は画家でもあり、自ら描いた挿絵は読者の視覚的な想像力をかき立てる。下巻の「マツ枯れを越えて」の中のカラー描写の紅葉したカシワが美しい。また、ご夫君の撮られた現場写真も理解を助けてくれる。

 これら2冊の本で、著者の若い時代から最近に至るまでの人生の一こま一こまが、マツとカシワを横糸として、人生を縦糸として描かれていて、たいへん印象深く読み終えた。

 (写真は、松枯れの様子。撮影:2006年、三重県津市内中勢バイパス)
 (MM/2010年9月1日)

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